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映画「恋人たち」
橋口亮輔監督インタビュー
「無理やりにでも笑って、今日を明日に繋いで生きていく」

映画「ぐるりのこと。」が数々の映画賞を受賞した橋口亮輔監督の、実に7年ぶりとなるオリジナル長編作が公開された。
才能ある監督が今撮りたいと思う題材を、新人俳優と共に自由に作る『作家主義×俳優発掘』を理念とした松竹ブロードキャスティングによる映画製作プロジェクトから生まれた本作では、篠原篤、成嶋瞳子、池田良ら新進俳優が主演を務める。妻を通り魔殺人で亡くし、裁判を起こすために奔走するアツシ。自分に関心を持たない夫と姑と暮らし、退屈な日々を送る瞳子。親友への秘めた想いを抱く同性愛者のエリート弁護士・四ノ宮。不条理な世の中を懸命に生きる3人が、もがき苦しみつつも微かな光を見出していく。どんな世界でも、どこかに救いはあるのだと感じずにはいられない物語だ。

前作から今に至る間には、橋口監督にとって“暗いトンネルの中を歩いている”ような時期があったという。そんな時を経て作られた本作で、橋口監督は声にならない声、飲み込めない悔しさを抱えながら生きる人の気持ちを丁寧に掬い出す。生きづらい今の世の中を生きるための、ささやかでも確かな力を与えてくれる、稀代の人間ドラマだ。
そんな本作について、話を聞いた。

――監督が「今までで一番いい脚本が書けた」とおっしゃる今作ですが、どのようなきっかけで始まりましたか?
橋口監督「3年くらい前に、若手俳優のための演技ワークショップに参加したことがきっかけです。ワークショップのエチュード(即興芝居)をもとに映画を撮るという企画があって、そこで僕も2本ほど映画を作りました。そのうちの一本が『ゼンタイ』という60分の中編作で、それがとても面白くできたんです。低予算なので2日ほどで撮らなければいけなくて、撮影自体はきつかったですが(笑)。それがきっかけでもう1本作ってみませんかという話になり、オーディションで選ばれたメンバーでワークショップをやりました。そこから今作はスタートしました」
 
――脚本のアイデアは、どのように生まれたのでしょうか?
橋口監督「『ゼンタイ』は、ワークショップで役者たちから出てきたアイデアに肉づけをしてできた作品なんです。今回も同じようにできるかと思ったら、それがあまり上手くいかなかった。なので、今回は100%オリジナルの作品として始めようと。ワークショップで役者の一人ひとりと向き合っていったら、皆個性があって面白いものを持っているんです。では、この子たちを活かしてどんなオリジナルの物語が作れるか?ということを考えていきました。そして僕自身のテーマとして、前作『ぐるりのこと。』から今作までの7年間に感じたいろいろな思いや、今の日本の空気を少しでも入れたいと。その3つを盛り込んだ物語を考えていって、最終的に脚本の完成まで8か月かかりました」
 
――役者さんありきの物語なんですね。今回主演の3人は、まだ経験の少ない新人俳優とのことですが、とても印象に残る存在です。監督ご自身が選ばれたキャスティングとのことですが、実際に撮影されてみていかがでしたか?
橋口監督「アツシ役の篠原篤は、他の登場人物との絡みが少なくて、独白のシーンや感情をさらけだす場面が多かったので、一番不安でした。主役にも関わらず、一番不器用っていう(笑)。でも、彼は人柄がとても良い。人として好ましいものを持っていると、その人を見ていたいなという気持ちにさせるんです。不器用な九州男で、頑固で、ちょっと見栄っ張りで(笑)。例え芝居がうまくできなくても、映画をご覧になった人が『最後泣いちゃったね』って言ってくれたら成功だから、上手にやろうなんて思うなってさんざん言って。現場でも泣くシーンがなかなかできなくて、撮れるまで粘るしかないかなと思ってたら、最後にはああいう場面が撮れました。プロの俳優が役作りしたのとはまた違う、リアルな彼の涙が撮れたと思います」
 
――他のお二人はどうでしたか?
橋口監督「四ノ宮役の池田良はね、変わった人です(笑)。でもとても繊細なところがあって。四ノ宮が想いを寄せる男友達とのシーンは、芝居を見ていて感心するくらい繊細な心の動きを見せてくれました。期待以上のことをやってくれましたね。瞳子役の成嶋瞳子さんは見たとおりの控えめな方ですが、抜群の存在感があります。芝居がすごくリアルで生っぽいんですよね。映画の中で、瞳子が夢について語る場面がありますが、あの話は成嶋さんがワークショップの自己紹介で言っていたことなんです。他の人は当たり障りのない自己紹介でしたが、なぜか彼女はあんな話をした(笑)。成嶋さんらしいなと思いましたね。おかしくて笑っちゃうけど、なんだか切ないんです。特にあの場面で使うと、なんとも言えない切なさがある。そういうリアリティが彼女にはあるんです。本当に、この3人が主演だったからこそできた作品だと思います」
 
――本作は「恋人たち」というタイトルですが、一般的な恋愛映画とは違いますよね。このタイトルはどこから来たんですか?
橋口監督「初めてワークショップをやった時に、何をするか悩んだんです。特にその頃は、いろいろあって映画を撮るのもバカバカしく感じてしまうような心境で。詐欺被害に遭って、それを訴えることもできない。17歳で自主映画を始めてからずっと、人にものを伝えるために表現をやってきましたが、それも意味がないなと思うような出来事が続いて。暗いトンネルの中を歩いているような時期でした。そんな時に4日間のワークショップの話をいただきました。夢を目指して来ている若者たちに何が言えるんだろうと思いましたが、今まで経験してきたことは間違いないからと思って、すべて話したんです。そして、恋愛劇をやりましょうと伝えました」
 
――なぜそこで恋愛劇を?
橋口監督「人間、好きな人と向き合った時は嘘がつけなくなったり、丸裸になった感じがするでしょう。本当の恋愛ではなくても、一人の相手と4日間真剣に向き合って、丸裸になって気持ちのやり取りをする中で何か生まれるんじゃないかと思ったんです。そして20組ほどカップルを作って始めてみたら、どんなに地味なカップルでも、気持ちが通いあっていると演技の中にもいろんな心の動きが見えて面白いんです。これをそのまま撮って、いろんな恋人たちの姿を集めていき、それらを俯瞰で見たときに今の日本人の姿が見えたら面白いだろうなと。今回はそれとは少し違った風になりましたが、そこから来ています」
 
――恋人たちを通して、“人間たち”を描き出すということですね。
橋口監督「今の日本映画は、とても恋愛ものが多いです。恋愛ものは間口が広いじゃないですか。その中で僕はあまり分かりやすくない恋愛ものをやってみようかなと。主人公の3人は、それぞれ相手不在の“恋人たち”というか。そんな彼らの胸の内が見えてくるんです。映画には他にもさまざまなカップルが登場しますが、いろんな恋人たちの姿越しに今の日本が見えてくれば。そういう気持ちを込めました」
 
――窮状を訴えるアツシに対する区役所職員の対応など、見ていてやりきれなくなるような現実の不条理さが描かれていますね。
橋口監督「アツシと職員のやり取りは、完全に僕の実話です。お金を盗まれて困窮していた頃に、映画と全く同じ対応をされました。実際はああいう対応はしてはいけないらしいですけどね。その役所の人も、本当に悪人というわけではないと思うんです。高い立場になった人間が、自分より弱い立場の人間に対して上からものを言うようになってしまうことはありますよね。四ノ宮と親友・聡の関係が変化するのは、聡の妻・悦子の偏見が発端ですが、こういうことって今の世の中ではよくあることだと思うんです。ネット上でのでっち上げや中傷、嫌がらせなんかもありますし。何も罪のない人が嫌な目にあって、何もできずに終わってしまうようなことはざらにあります。そんななんとも表現しづらい、今の日本の空気感を作品に盛り込みました」
 
――そんな現実を描き出す一方、アツシの同僚・黒田のような、“救い”も表されています。
橋口監督「映画をやっているのがバカバカしく思えていた頃、僕にとっての黒田のような存在になったのは、今作の深田プロデューサーでした。生活も苦しくて、恨み言ばかり言っていた僕のもとに、お弁当を持って通ってきてくれた。そして、『橋口さん、映画作りましょうよ』と繰り返し言ってくださいました。それがなかったら、僕は今ここには居ません。犯罪を犯しているか、この世に居ないかのどちらかだったと思います。きっと僕を立ち直らせるには、映画を撮らせるしかないと考えられたんでしょうね。それをアツシに置き換えた時、奥さんを殺されて、どんなに頑張ってもどうすることもできず泣く人間に、脚本を書く身として何が言えるだろうかと。深田さんを模したような黒田というキャラクターに何を言わせられるか。あのシーンで黒田が語る言葉が、あの時点での僕の精いっぱいの優しさでした」
 
――辛い時期を経験された監督だからこその言葉だったんですね…
橋口監督「黒田が話すことは、僕が苦しんでいた時の実感です。震災の被害に遭われた方や、犯罪や事故の被害に遭われた方は、僕も含めてですが二度と立ち上がれないくらい傷つくんです。そこから人生を立て直していくことがどんなに厳しいことか。僕自身、こうして映画を撮らせていただいても、まだどこかで立ち直ってない感じがします。そんな中でどうやって明日に繋げていくかといえば、今日もごはんを食べられたとか、誰かと一緒に笑えたとか、そういう小さなことの積み重ねだと思います。そうして無理やりにでも笑って、今日を明日に繋いで生きていく。映画のラストシーンではそれが表現されています。救いと言っては大げさかもしれませんが、この映画をご覧になった方にとって、飲み込めない悔しい思いを持ちながら生きているのは自分だけじゃないんだと、心の支えになるような作品であればと思います」
 
映画「恋人たち」は伏見ミリオン座ほかにて公開中。
 
取材・文:下林香澄(ぴあ)



(11月14日更新)


Check

(C)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ

Movie data

映画「恋人たち」

公開中
伏見ミリオン座ほかにて

【オフィシャルサイト】
http://koibitotachi.com/

[2015/日本/松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ]
監督:橋口亮輔
出演:篠原篤/成嶋瞳子/池田良/安藤玉恵/黒田大輔/山中崇/内田慈/山中聡/リリー・フランキー/木野花/光石研

Story

数年前に愛する妻を通り魔殺人で亡くしたアツシ、パート先にやってくる取引先の男に胸をときめかせる人妻・瞳子、同性愛的な感情を寄せる相手との間に誤解を招いてしまうエリート弁護士、四ノ宮。彼らのさまよえる思いは、どこに辿りつくのか?