ホーム > インタビュー&レポート > 佐々木亮介 インタビュー 「外を生き抜くのはしんどいけど、音楽があるから何ものにも勝る喜びがある」

佐々木亮介 インタビュー
「外を生き抜くのはしんどいけど、音楽があるから何ものにも勝る喜びがある」

今年6月、a flood of circleのボーカル・ギター佐々木亮介が、初となるソロアルバム「LEO」のリリースを発表した。バンドは昨年10周年を迎え、新サポートギター・アオキテツが加入。いざ新章への扉を開けんというタイミングでのソロ活動は、ファンを驚かせた。しかし、話を聞けば聞くほど、佐々木の頭にあるのはいつも“a flood of circleの未来図”であることに気づく。そして自身のルーツであるブルースやソウルの生まれた街・メンフィスでのレコーディングで、佐々木はひとりの音楽家として自らの殻を破ってみせた。よりしなやかになった感性で、彼は日本のロックンロールの未来を切り開いてゆくのだろう。本インタビューを通して、そう確信した。

「ソロ作品を作ったことも、すべてはバンドのため」

――ソロ活動への興味は以前からあったんですか?

「1ミリもなかったですね。『a flood of circle、ここからさらに前進するぞ!』と言っている時期だったし……それは今もそうだけど(笑)。そうしたバンドへ対する絶対的な流れがなかったら、勇気を持てなかったと思いますね。メンフィスに行くことに関してもフラッドのニューアルバム『NEW TRIBE』のツアー前だったので、それを良くするために一人で修行に行きたいという目的だったので」

――全てはバンドの為、ということですね。

「ナンバーガールとかビートルズみたいな格好良いバンドって、全員が格好良いんですよ。その内の1人のフロントマンになりたいから、メンフィスに行ったし。結果、これだけすごい作品が出来ちゃったから、俺の出会い運の半端なさを見せつけたと思うけど(笑)でもソロ活動での経験をバンドに持ち帰るのはアリだなと。ソロ作を作った事はバンドの為になったので、ソロ活動をやることを不安に思っているファンの方には心配しないでほしい(笑)」

――ソロ作はブルースの聖地・メンフィスのロイヤルスタジオでレコーディングされたそうですが、どのような経緯で実現したのでしょうか。

「『NEW TRIBE』をロンドンで作って、すごく手応えがあったんですよね。それで(今年の)1月にリリースして、3月からツアーというスケジュールの中で、2月が空いて。そこで何か新しいことがしたくなって、自分が好きなブルースやソウル、ファンクが生まれた街を見てみたいと思ったんです」

――当初、レコーディングの予定はなかったということですか?

「そうですね。ロイヤルスタジオを見学しようと思って連絡してもらったら「3日間空いてるよ」って言われたんです。それで「録れるってこと?」って聴いたら「録れるよ」って返事がきて。じゃあ録っちゃおう、と(笑)。最初は弾き語りのつもりだったけど「アル・グリーン好きならこんな人がいるよ」ってレコーディングメンバーを提示してくれたり、トントン拍子に話が進んで」

「フランク・オーシャンとスピッツが交流する音楽を鳴らせたら
 世界で一番新しい盤ができるんじゃないか」

――急遽ソロでのレコーディングが決まった訳ですが、弾き語り用に作り溜めていた曲などを持っていったんですか?

「最後の収録曲の『無題』に関してはそうですけど、あとの5曲はレコーディングのシチュエーションやメンバーが決まってからですね。それならコレができるなとか、こういう爆発が起きそうだなって考えて、この為に作りました。でも向こうで“何が起こるか分からない”ということを楽しみたかったので、完成図を作らずにあえてラフな状態のままでメンフィスに持って行きました。(レコーディングメンバーは)70年代から活動している人たちで、本物なワケですよ。だからその持ち味が生きそうな部分と、去年自分がフランクオーシャンとかジャック・ホワイトなどの新しいブラックミュージックにどっぷりとハマっていたので、その雰囲気を出せたらなと。あとは俺の好きなスピッツとか、そうした音楽が交流する作品が出来たらマジで世界で一番新しい盤ができるんじゃないかと思って」

――メンフィスに行って「これは化けたな!」と思う曲はありますか?

「全部かも!全部デモと全然ちがう(笑)。メンフィスって街は黒人が多くて、元々は奴隷として連れてこられた人の文化があって、人種差別も半端じゃないんですよ。ここから先は黒人の街、ここから先は白人の地域っていうのもすごくハッキリしていたし。俺が泊まった施設も元は使用人小屋で。でっかい白人の家の脇に、ちっちゃい小屋がついていて、そこには黒人が住んでいた。そういう歴史がある街なんですよね。でもスタジオの中とか教会の中とか音楽学校の中には全く差別がないんですよ。だからレコーディングでも俺が日本人だとかそんなの関係なくて、ただ曲が良いから皆集まってくれた。ボスのブー・ミッチェル(オーナーであるローレンス・ミッチェルの愛称)もデモを聴いた感じで、このミュージシャンを集めてくれて。ひとりの音楽家として扱ってくれたんです」

――歌詞も曲同様シチュエーションや状況が決まって書き始めたものですか?今までa flood of circleで書いてきたものと比べると、とても素直な表現が多くて驚きました。

「ざっくりは書いていたけど、メンフィスの空気を吸ってから書きたかったので、仕上げたのはメンフィスに行ってからですね。レコーディングの前日に書いたんですけど、超無邪気になっちゃって。メンフィスって一歩外出たら「この道に入ったら銃向けられるから」みたいなところなんですよ。だからこそ、音楽が素晴らしく楽しかったし、それは現地の人も同じで。あそこでは音楽が教育なんです。楽器って練習しないとダメじゃないですか。でも練習すればストリートの不良にならずに済む。音楽がないと読み書きできない子もいっぱいいるんです。だから音楽が教育だし、教会の中には常に音楽が鳴っているから宗教でもある。そこら中、浮浪者だらけだけど観光地だけは立派なんですよね。その観光も音楽だから、経済でもある。だから本当に音楽がないとダメなんです。外は生き抜くのにすごくしんどい世界だからこそ、スタジオの中ではみんなピュアに音楽を楽しんでいるし、音楽をやっている時間の喜びの爆発がすごいんですよ。俺もそれに感化されたし、日本で感じる生き辛さとは種類が違うかもしれないけど、生き辛いと思っていると音楽に行っちゃう人って多いと思う。俺はそういうタイプだから、ブルースを好きになってマジで良かったと思ってるし」

「メンフィスへ行ったのは、自分のコントロールが外れた製作がしたかったから」

――今回の経験によって、バンドの曲作りの面で新たに生まれた欲もあるかと思います。

「ありますね。曲と詞でちょっとニュアンスが違うんですけど、曲はメンフィスから帰って来たら曲を作るのが超楽しくなっちゃって。リル・ヤッティみたいなフロウを日本語できないかと思ってトライしたのが「Hustle」なんですけど、リル・ヤッティの良さって歌詞に意味なんてなくて、ただ気持ち良いところなんですよね。演奏はソウルっぽいんだけど声は今っぽい。そのバランス感覚ってa flood of circleの今までのスタイルじゃできなかったと思う。その自由さを発見できたのがすごく良かったし、これが出来るならa flood of circleでもできるな、と。そういうアイディアを形にしていったら全然タイプの違う曲が22曲一気に出来たんですよ。ツアー中に(笑)。それで今悩んでいるのが歌詞。歌詞だけはメンフィスでやったことをそのままトレースできてない感じがするので、もうひと発明が必要だな、と。あ、でも俺「Blanket Song」で一個、発明したと思っているのがあって」

――それはどんなところですか?

「韻の踏み方なんですけど、例えば日本語のフリースタイルラップだと、アタマで韻を踏んだりケツで韻を踏んだりしていて。5文字6文字7文字を即興でできてマジですごいなと思いつつ、最近その韻の踏み方が結構パターン化してきたような気がするんです。俺はロックバンドをやっているから、何か違う歌い方で面白い韻の踏み方が出来ないかなって思った時に、日本語の音の硬さに注目して。音が硬いから、たとえばウ行だけピッチを強めたりすると、ひと文字なのに韻を踏んでいるように聴こえるんですよ。で、ひと文字だから一行で10回くらい踏めたりする。まだ名前は付けてないんですけど、そういうフロウの作り方を発明したなと思っていて。これがもうちょっと分かりやすくなると面白いと思う。だから、歌詞も含め、歌の聴かせ方はまだちょっと悩んでるんです。もっと面白くできないかなって」

――最後に6曲目の「無題」について伺いたいのですが、当初から最後は弾き語りで締めようというプランだったんですか?

「当時、俺は正直、入れたくなかったんですよね。出来上がったときに5曲とこの曲があって、(「無題」は)要らないんじゃないかと思っていたんですけど、俺以外の人が皆良いって言ってたんですよね」

――実は私も佐々木さんと同意見なんです。「無題」は歌詞のメッセージ性も強く、一発録りの弾き語りという生々しさも相まって、最後にこの曲を聴くと、全部持って行かれてしまうんですよね。悪い言い方をすれば、メンフィスの空気が途切れてしまうような気がして。

「俺もそう思います。だから5曲の後の曲間はめっちゃ空けていて、ボーナストラックみたいな気分で入れてあるんです。この曲は、全部の作業が終わってブーが5曲のミックスをしている間にヴォーカルブースに入って、歌詞も決めきれてないまま歌ったんです。だから強いて言うなら、録音したヴォーカルブースの空気を録っておきたかったっていうのと、さっき言ったフロウは結構あの歌詞でも使ってたりするんですよね。ただ言葉が強すぎるから、もしかしたら日本語が分からない人の方がフロウは解るかもしれない」

――そうですね。

「メンフィスに行った理由は、自分のコントロールが外れたことがしたかったからなんですよ。だから本当に俺が独裁者だったら、たぶん「無題」は入れてないと思う。でもその時のヴォーカルブースの空気とか、皆が良いって言ってくれたことを信じようと思ったんです。じゃないと俺がメンフィスに行った意味がそもそもなくなっちゃうから。今思うと「無題」を入れなかったら結局俺、殻に閉じこもったまま終わっていたかもしれないなと思って。だから作品性としては確かに俺もちょっと違う空気になったのは分かるけど。そもそもメンフィスに行ったのは新しいトライをしたかったからで、そういう意味では必要な曲だったってことかな」

「極端に振りきれていて、奇跡的にバランスがとれているミュージシャンに」

――「NEW TIRBE」のツアーファイナルのMCで佐々木さんは「a flood of circleを10年続けてきて、自分の中で縛りができてしまっていた」と仰っていました。新しい曲が生まれていく中で、そういった葛藤も少しずつ解消されているんでしょうか。

「そうですね。解消しきったかはわからないけど、今思っていることを言うと、スタイルを決めるとやりやすいんですよ。「こうした方が俺ららしいかな」とか。それでやってみると、今度は「このスタイルじゃつまらない」っていう欲が自分たちの中で出てくる。だけど何でもアリにするとどこにも終着できなくなるから、また新しいスタイルを決める、ということをずっとやっているんです。アメリカに行って思ったのは、ブルーノ・マーズとかジョン・メイヤーとか、ブーが一緒に仕事している人たちは、バランス感覚がすごいんですよ。突き抜けていることって、何かに極端に振り切れていることのように思うんですけど、奇跡的にバランスの取れていることなんだな、と。スタイルもあるけど、なんでもできる、という一見矛盾していることが成り立つと、突き抜けた存在になれる。それで彼らは絶対人の意見を否定しないらしいんです。それはa flood of circleに生かしたいな、と。シンプルなようで難しいけど、笑顔で仕事して、頭ごなしに否定しないで誰かの言うことも全部一回トライして並べてみて選ぶ、っていう。だからa flood of circleもロックンロールバンドなんだけど、なんでもやっていい。その矛盾が成り立つと、すごいミュージシャンのやっていることに辿り着けるんじゃないかって」

――9月21日には名古屋・Tokuzoでのライヴがありますが、バンドメンバーが超豪華という話を耳にしています。

「メンフィス代表メンバーとライヴをしたいという夢はありつつ、ご老体も多くてなかなか呼べないので、日本代表メンバーを揃えました。ベースはウエノコウジさん(the HIATUS) 。ウエノさんは「亮介ががソロやるときは絶対俺が弾く」って言ってくれていたので。で、ベースが先輩だからドラマーは若いやつに頼もうと思って、ジャズとかヒップホップとかブラックミュージックに精通しているSANABAGUN.の一平(澤村一平)くん。キーボードはビルボードライヴの時にも弾いてくれた高野勲さん。彼はa flood of circleのノリも分かってくれているので、バンマス(バンドマスター)として。そしてギタリストは姐さん(HISAYO [a flood of circle / Ba.])との繋がりもあるKIRINJIの弓木英梨乃さんにお願いしました。だから俺より先輩もいるし、後輩もるし、男も女もいるっていう何でもアリのバンド。しかも絶対俺じゃなきゃ集められないだろうっていうメンバーだと思うので、ぜひライヴに来て欲しいです。メンフィスの音楽とか、普段絶対やらないレアなカバーもやってみようと思っています。日本の若いバンドマンはまずやらないだろうという選曲をしようと思っているのでお楽しみに」


インタビュー・文:イシハラマイ

編集:菊池嘉人




(9月20日更新)


Check

Release


Mini Album「LEO」

【通常版】
1800円(税込)
PECF-3183
SPACE SHOWER MUSIC

LIVE

9月21日(木) 19:00
TOKUZO
全自由-4000円(別途ドリンク代必要)
共演:ウエノコウジ(b)/高野勲(key)/澤村一平(ds)/弓木英梨乃(g)
ジェイルハウス[TEL]052(936)6041

Pコード:337-138

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