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BRAHMAN インタビュー
「失うことで新しく得ることがあるから、人生ってすげえ面白い」

今年2月、前作から5年振りとなるアルバム「梵唄-bonbai-」をリリースしたBRAHMAN。実はリリース直後に行われた初の単独武道館公演「八面玲瓏」の前に、ボーカルのTOSHI-LOWはポリープの手術を受けていた。にも関わらず日本武道館のライブは、BRAHMANというバンドの強さを改めて感じる素晴らしいものだった。一体TOSHI-LOWはどのような心境の中でポリープ手術を乗り越え、日本武道館公演を迎えたのか。「手術が失敗して一生声が出なくなったとしても後悔はなかった」と語る心の内にはどういった思いがあるのか。TOSHI-LOWの“現在”について語ってもらった。

「違う違う、感謝を言うために行ってるんだよ

――日本武道館のライブ、素晴らしかったです。多数のゲストを迎えてMCでライブを繋いでいく、いわゆるオーソドックスなライブスタイルがとても新鮮でした。

TOSHI-LOW「出演者の名前と一言だけだから、MCってほどじゃないじゃん。どうやって紹介したらゲストが一番かっこよく見えるか考えることは、迎え入れる側として当然のこと。とはいえ俺たちはいつも曲を繋げてライブをするから、そこに間ができるのも自分たちらしくない。何より武道館とか大きい会場でゲストを入れると、転換に手間取るから飽きるんだよね。それをどうにかしたくて間を潰した結果があれ」

――武道館の真ん中にあるステージに繋がるトンネルのような道も、そのための工夫だったんですね。武道館はパフォーマンスの制約が厳しいようですが、「警醒」でトンネルの上に乗った時は観客も驚いたと思います。

TOSHI-LOW「ゲストが出るためのトンネルも苦肉の策なんだよ。だけどあれがあったおかげで当日はだらけることなくライブができたと思う。最初はテントみたいな柔らかい素材で作るのかと思ってたら、スタッフが思いのほかしっかり作ってくれて頑丈だったわけ。リハの時にスタッフが武道館の人に確認したら『そこは乗ってもいいですよ』と言われたと。ただその時は乗るつもりはなくて、むしろ行かないとさえ思ってた。でもライブが進むにつれて気分が乗ってきたら、考える前に体が動いてて。だから偶然の産物に近い」

――TOSHI-LOWさんにあそこまでストレートに観客へ「ありがとう」と言わせる、武道館という会場のすごさを感じた日にもなりました。

TOSHI-LOW「違う違う、それを言うために行ってるの。だって武道館は“ライブをやらせてもらってる”と思わせる稀有なハコだから。普段だったらそういう感謝は言わなくても分かるでしょっていうのもあるし」

「細美に『喉や声を失っても、何かやるべきことは出てくる』と話したのをすごく覚えてる

――武道館の約2ヶ月前にポリープによる喉の手術を行いました。その時の話を聞いても良いですか?

TOSHI-LOW「別に隠してないからいいよ」

――喉の手術後に武道館が控えていた訳ですが、どんな心境だったのでしょうか。

TOSHI-LOW「術後に初めて歌った時にびっくりするくらい声が細くなっていて、これは負け戦だなって思った。だけど武道館があると分かって手術をしたわけだから、その逆境の中でどう動いていけばいいかと考えた時に、“当たり前に声がでていたことを忘れよう”って。まずは出る音域を確かめて“これは新しい声だ”と、今までのことに引きずられないようにした。要は“俺は歩けてたんじゃない、また新しく歩き方を覚えよう”って、そうやって取り組んだの。不安はあったけど間に合わなかったら仕方ないし、ダメならダメで“じゃあどういうダメにするか”って途中で腹をくくったよ。どんなに気持ちが塞ごうが、声を出して1個1個やるしかない。でも1日前にできなかったことが確実にできるようになっていくのは喜びでもあった。当たり前に歌える期間の方が長かったから忘れていたけど、“俺はこんな風に歌を歌えるんだ”って。手術で全部なくしてリセットしたから、新しいものを手に入れたんじゃないかって思う」

――アクシデントがあった事で、逆に一から自分の歌と向き合えた時間になったと。

TOSHI-LOW「今は『俺が声を出している』っていう意識がものすごく強いわけ。『出ちゃってる』じゃなくて、すごく能動的なわけさ。そう思えたことは、これからの歌の人生でとても強みになると思う。武道館はたまたまうまくいったから良かったけど、もし手術が失敗して一生声が出なくなったとしても後悔はなかったと思うよ。手術が1000人成功している医者だって、1001人目は失敗するかもしれないし。それがたまたま俺に当たる可能性だってあるじゃん」

――実際に声を失う可能性もある中で、手術を受けられたんですね…。

TOSHI-LOW「何かあった時に“まさか”っていうのは、俺の人生には無いからさ。俺が嫌だったのは、うまくいかない時にポリープがあるからだと言い訳する心の弱さ。見つかってから1年、いつか切ろうと思ってたけどその間もどこかそういう気持ちがあったの。ただその間もどんどん歌は良くなっていて、声は逆にすごく出たんだよ。アルバムのレコーディングはポリープを切る前の状態だから、『本当は切る必要ないんじゃないかな』って思うくらい」

――声は命の次くらいに大事なものだと思いますが、その声を「なくなっても後悔はなかった」と言えるのは驚きました。

TOSHI-LOW「入院するときに細美武士が病院に来て心配してくれたわけさ。『その今の声は無くなっちまうんだ』って言われて。自分で『俺は今までよく歌ったよ。だから、もう歌えなくなっても仕方ない』って言ったの。もしそうなっても今度は違う俺の生き方が出てくるだけの話であって。『喉や声を失っても、何かやるべきことは出てくると思う』って病室で話したのをすごく覚えてる。細美は『大丈夫だと思うよ、絶対よくなるよ』って言ってくれたけど、俺はその時から本気でそう思ってたよ。失っても続けることで新しく得る人たちもいるから、人生ってすげえ面白いと思ってるし。失ってみなきゃ分からないよ、そこから新しい可能性だって生まれるんだから」

――確かにそうですね。

TOSHI-LOW「だから手術をして2ヶ月足らずで武道館で歌わなきゃいけないなら、そこに間に合わせるために必死で努力するし、心だってもう一回鍛えられる。それでも心は右往左往したさ。正直、武道館の3日前に“あれ?声が出ねえな”と思って、“あ、これはもしかしたらヤバイかも…”って凹んだよ。でも“いや、大丈夫。そもそも出なくてもやるって言ったんじゃないの?”っていうのを自分で何回も繰り返した。そうして揺れてる間に、だんだん自分の芯が何か分かってくるから」

「本当のストーリーって、人の心を深く打つ

――アルバム「梵唄-bonbai-」は民族音楽、ハードコア・パンク、歌ものが渾然一体となっている印象を受けました。作品としてここまでの域に到達するには、一朝一夕ではできなかったと思います。

TOSHI-LOW「1990年代や2000年代には作れなかっただろうね。それは技術どうこうじゃなくて、精神の熟練度みたいなもので。このアルバムで歌ってる事は10代の時も20代の時も同じようなことを思ってた。でも、それを形にするのはとても難しい。20代は突っ張って擦り切るように表現したんだと思うし、30代はこれは矛盾じゃねえかと思いながら表現したんだと思う。今はそれを包括するような考え方ができるから。俺たちみたいな一瞬の刹那に掛けているバンドが初めから矛盾して持っている、普遍的で永遠な部分というか。一瞬で生ききりたいと思っていたはずなのに、その真理に近づくためには時間が必要だった。でも、それが俺たちにとっての真実だから」

――「ナミノウタゲ」は東日本大震災で妻子を亡くした漁師さんからTOSHI-LOWさんに電話が掛かってきたことをきっかけに書かれた曲ですが、こうしたエピソードがこの歌詞に繋がっていくのは意外でした。

TOSHI-LOW「実は、曲作りのきっかけになるエピソードは昔からあって。変わったのはそのストーリーを俺が話すようになったこと。誰かの物語って断言すると聴いた人にとってその曲が自分のものじゃなくなると思ったから、『歌詞の解釈は自由に考えてくれ』って言ってたわけ。だけどこれは俺の誤算で。たった一人に伝えようと思った歌を、他の人たちも自分の物語のように共有してくれる。『それは石巻の漁師の人に歌った歌だから、私の歌じゃないよね』じゃなくて、それぞれの人が思い浮かべるものと照らし合わせて自分の物語にしてくれるから」

――個人に宛てた歌詞がきちんと大勢に届くということに気付いたのは、今後の作曲活動にも影響してきそうですね。

TOSHI-LOW「今後もすべてをインタビューで言おうとは思わないし。でも明確にストーリーがあるものでも、聴いてくれる人が自分たちの物語として受け止めてくれると気づけた。だから大事なのは一人にちゃんと伝えること。それができてるメロディーや歌詞は、いろんな人の心を深く打つんだろうね。改めて言葉のすごさや創作する上で大事な部分を勉強させてもらったね」

――「ナミノウタゲ」の歌詞に関してもそうですが、近年のBRAHMANの活動を見ていると様々なものを受け入れることから新しい可能性が広がっているように思います。

TOSHI-LOW「せっかく喉だってゼロからと思ってるんだから、心もそうするべきであって。でも心の鍛錬は本当は毎日するべきじゃん。朝起きたら生まれ変わったように考えればいいし、全てのものを新鮮に感じなきゃいけないんだけど俺たちはすぐ慣れてしまう。手術後に初めて声が出た日は嬉しかったはずなのに、今は全然感謝しないでこうやって喋ってるし、酒も飲むんだ。でもそうじゃなくて、『初心を忘れない』っていうスタンスは心に絶対置いておくべき。そのためにも日々にしっかり感謝すべきだと思う。今日こうしているのも、生きてるんだなっていうことにも」

――ちなみに「ナミノウタゲ」のストーリーは当初、発表する予定はなかったんですか?

TOSHI-LOW「言う気もなかったけど、以前と違って隠す気がなくなった。前は隠してたし、『どういう意味なんですか?』って言われたら『いや、それはそれぞれの考え方が全員正しいです』って言ってたから」

――それを隠さずに話すようになったのは、何かきっかけがあったんでしょうか。

TOSHI-LOW「『今夜』と『ナミノウタゲ』は取材を同じタイミングで受けて。『今夜』について『男二人の友情を描いた楽曲なんですよね』と言われる事が多かったから、『横で酔いつぶれて寝ている細美武士を見て書いた曲』っていう本当の話をして。で、実話だからこそ男同士でしか分からない友情でも、女の人も『ああいうのっていいよね』と思える。それで対の取材だった『ナミノウタゲ』の話も本当のことを言おうかなと思って。あの時の取材が初めてかもね、何があったと全部細かく説明したのは」

――意外と世の中にある“名曲”には、不特定多数に向けたものではなく一対一で書かれた曲が多いように思います。

TOSHI-LOW「昨日、細美武士が同じことを言ってた(笑)。『エリック・プランクトンの「ティアーズ・イン・ヘヴン」は自分の息子だけに歌ってるやつじゃん。だから胸を打つんだよ』って言われて。(忌野)清志郎の『デイ・ドリーム・ビリーバー』の歌詞も、みんなに伝えるラヴソングだったらあんなに広がらなかったと思う。初めて歌詞を読んだ時に恋人との別れを歌ったものだと思って、清志郎も女々しい部分があるんだなって驚いて。だけどあの曲は、死別した母親のことを歌ってる曲だからグッときてたと後から気づくんだよ。清志郎は、それまで母親だと思っていた育ての母親が亡くなった時に、両親が実の親ではない事を知って、育ての父親からも『キヨシ(清志郎)、お父さんとお母さんはお前の本当のお父さんとお母さんじゃないんだ』と言われるわけ。その後、生みの母親の遺品にあった写真の中で、本当の母親の顔を知るっていうエピソードがあって。その話を知ってもう一度聴くと、すごくクルものがあるんだよね。だから本当のストーリーって心を打つのよ」


インタビュー・文:菊池嘉人
編集:小島沙耶




(4月 5日更新)


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Release


DVD / Blu-ray「八面玲瓏」

【Blu-ray】
5000円(税込)
TFXQ-78160

【Blu-ray】
4000円(税込)
TFBQ-18203
トイズファクトリー


Album「八面玲瓏」

【通常版】
2800円(税込)
TFCC-86633
トイズファクトリー

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6月9日(土) 19:00
Zepp Nagoya
1Fスタンディング-2900円(別途ドリンク代必要) 2F指定-2900円(別途ドリンク代必要)
※中学生以上有料。小学生以下は保護者同伴のみ入場可。席が必要な場合は有料(お子様連れの場合は客席後方の安全を確認できる場所にてご観覧ください)。

Pコード:101-929

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